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先日、「ブラジルセミナー」が開催されました!
2008年に「日本人移民100周年」を迎えましたが、案外、私たち日本人は
この歴史について知らないことも多いですね。
でも実はブラジルにおいて、この日本人が移民してきた事でブラジル社会に、
とっても大きな影響と変化をもたらしたのです!
ポルトガル語講師の芦田ルイーザ先生は、お祖父さん、お祖母さんが
ブラジルに移民した日系3世として、ブラジルに日本人が与えた影響を
話してくださいました。
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↑当時のブラジル渡航への広告
「さぁ行かう 一家をあげて南米へ」
↑1908年に781人の日本人を乗せて出航した「笠戸丸」
↑ルイーザ先生の祖父母のパスポート
当時、ブラジルでは奴隷制廃止により、コーヒー園などの農場で働く
労働者不足にあえいでおりました。
ヨーロッパからの移民を使っていましたが、過酷な労働に脱走する人も多かったようです。
そこで日本からも移民を受け入れることになって多くの日本人が
「ブラジルのコーヒー農園には金のなる木がある」という謳い文句のもと、
ブラジルにやってきました。
でも全く違う習慣や言葉、低い賃金、マラリヤ などなど苦難の連続・・・
思い描いていたこととはあまりに違う現実がありました。
しかもブラジル人と日本人は性格がまさに「真逆」ですからね。
日本人もブラジルの生活が衝撃的だったでしょうけど、もしかしてもっと
びっくりしたのがブラジル人かも!?
こんなにマジメに働く民族は今までいませんでしたからね(苦笑)。
↑日系人のためのブラジルの日本人学校
時代の渦に巻き込まれ、日本に帰りたくても帰れない(涙)
そんな中で多くの日本人がブラジルの社会を変え、成功していきました!
例えば野菜栽培。
それまで野菜といえば「ジャガイモ」とか「豆」だったブラジルに豊富な
野菜をもたらしたのです。
そして政治、医学、芸術などブラジルの発展に大いに貢献することとなったのです。
今でも日系人は非常に優秀だということで、ブラジルでは一目置かれた存在と
なっているそうですよ。
ルイーザ先生は、かつてはブラジルの中で日系人だということに葛藤もあったようですが、
今はとても誇りに思っているとのことです。
それにしても100年も前に、日本の裏側に渡航した日本人の苦労は並大抵では
なかったでしょうねぇ・・・(汗)。
更に知りたい方は次回8/28のセミナーにご参加くださいね!
お申込みは→06-6227-1119まで!
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